Dance with Market

ラスト・タンゴ

by 広木 隆

渋谷のBunkamura にある映画館ル・シネマで『ラスト・タンゴ』を観た。アルゼンチンタンゴの伝説的ペア、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペスを描いたドキュメンタリー。製作総指揮はヴィム・ヴェンダース。巨匠が描くのは「タンゴ」ではない。50年踊り続けたペアの愛憎劇である。愛、嫉妬、裏切り。タンゴへの情熱が葛藤を乗り越えさせた。映画のキャッチコピーは「人生に引き裂かれ、タンゴで結ばれたふたり」。タンゴがふたりの人生そのものだった。

スクリーンに映し出されたブエノスアイレスの街並みを見ながら、僕はノーベル経済学賞を受賞した米国の経済学者サイモン・クズネッツの言葉を思い出していた。「世界の国々は4つに分類される。先進国、発展途上国、そしてアルゼンチンと日本である。」

「南米のパリ」と謳われたブエノスアイレスは美しく欧州的な街で文化的水準も高い。事実、20世紀の半ばには、アルゼンチンの一人あたりGDPはフランスより高く、経済的にも繁栄を謳歌する豊かな大国であった。しかし、農業経済から抜け出せなかったアルゼンチンは工業化の波に乗り遅れ、放漫財政も重なって没落していった。20世紀の半ば以降の65年間で、フランスの一人あたりのGDPはアルゼンチンの2.4倍と大差がついた。

この65年間、フランスのGDP成長率はアルゼンチンより平均して1.5%程度高かった。たかが、1.5%である。しかし、1.5%でも65年複利となると倍になる。これが成長を止めたアルゼンチンと、成熟し低成長であっても成長を続けたフランスとの差である。だから、たとえわずかであっても成長を続けることが大切なのである。

実は、このクズネッツの言葉に続く文章は、2014年12月にコラム【新潮流】で書いたものだ。

「東京とブエノスアイレス」と題したそのコラムは、渋谷のPARCO劇場で『ブエノスアイレス午前零時』という芝居を観た、という書き出しで始まる。


さらに言うと、ル・シネマで『ラスト・タンゴ』と同時上映されている『パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト』という映画もその前の週に観たのである。フラメンコに革命を起こした伝説のギタリスト、パコ・デ・ルシアのドキュメンタリー映画だ。二週続けてスペイン語のドキュメンタリー映画を観たというわけである。

渋谷で映画や芝居を観ると、アルゼンチンやスペインなどラテンの国の財政問題に言及したくなるのはどういうわけなのだろう。

ひとのふり見て我がふり直せ、的な感覚が働くのか。経済成長が大事、ということを忘れないという自省の念かもしれない。前掲のコラムの終わりで僕はこう書いた。

「没落したアルゼンチンと、工業化で奇跡の成長を果たした日本。この2国は例外との意味だった。」クズネッツの言葉を紹介した日経新聞のコラム「一目均衡」からの引用だ。このコラムが掲載されたのは2012年12月11日。2年前の衆院選の直前である。その時から2年経った。わが国の経済はどれだけ成長できただろう。たかが2年。されどその間のわずかな積み重ねが、将来を決する。
【新潮流】「東京とブエノスアイレス」

「その時」からもうじき4年が経とうとしている。同じ問いかけを再びしよう。わが国の経済はどれだけ成長できただろう。スクリーンの中のブエノスアイレスの景色が、東京の風景にオーバーラップして、最後まで映画に集中できなかったのが残念である。

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