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内部留保課税という暴論

by 広木 隆

希望の党は公約で、大企業の内部留保に課税することを検討すると表明した。消費税増税凍結の財源とするらしいが、財務会計やコーポレート・ファイナンスの基本知識を欠いた、浅薄な議論だと言わざるを得ない。

我が国の景気拡大は、「いざなぎ景気」の57カ月を抜いて戦後2番目の長さになっているが一般には景気回復の実感が乏しい。一方、上場企業の業績は2期連続で最高益を更新する見通しだ。企業の内部留保は400兆円にも及び、企業が稼いだおカネを賃上げや設備投資に積極的に振り向けないことが、「実感なき景気回復」となっているとの批判がある。希望の党の「内部留保課税」案は、その批判に乗ったポピュリズムだ。内部留保課税についての問題点として真っ先に挙がるのは二重課税という点だが、それだけではなく、より本質的な観点からの問題がある。

企業は売上高から人件費をはじめ様々な費用を控除し、残った利益から法人税等の税金を払って最終利益を確保する。企業が稼いだ利益は最後に株主のものになるが、株主への配分は1)配当や自社株買いで還元するか、2)内部留保するか、のどちらかしかない。

よく知られた金融理論であるモジリアーニ=ミラーの命題によれば、1)でも2)でも株主価値(簡単な言葉で言えば「株主の取り分」)は変わらないのだが、実際のマーケットでは増配などが好まれる傾向がある(この点は別の機会に議論したい)。内部留保とは実は株主価値を高める株主への利益配分のひとつであることが - 世間一般の議論からも - 抜け落ちている。

内部留保された利益は、「利益剰余金」として、「株主資本」に組み込まれる。株価とは資本の値段である。帳簿上の「株主資本(=エクィティ)」を市場で時価評価したものが時価総額であり、企業価値である。企業がどれだけ株主資本を増やしていけるかという期待が市場の評価につながる。そして企業が自力で(エクイティファイナンスでなく)資本を増加させるのは - 利益を稼ぎ、稼いだ利益を「利益剰余金」として資本に組み入れる - まさに「内部留保」することにほかならないのである。

この点はREITの「内部成長」「外部成長」の議論と比較すれば理解しやすだろう。REITは税前利益の90%超を分配することで法人税を免除されている。だから内部留保ができず、新たな物件取得のため資産規模の拡大を図ろうとすれば、エクイティファイナンスに頼るしか方法がない。これがREITは「内部成長」できず「外部成長」するしかないということである。内部留保に課税するということは、極論をいえば、一般事業会社も、ペーパーカンパニーであり「コンデュイット(導管)」であるREITのような、成長しない「分配金マシン」になれというようなものだ。

内部留保こそ企業価値の成長プロセスの根幹であり、内部留保なくして企業価値は増加しない。企業は稼いだ利益を「利益剰余金」として、「株主資本」に組み込むことでバランスシートが大きくなる。資本の側(貸方)の増加に合わせて、資産(借方)も膨らむ。企業は稼いだ利益を設備投資やM&Aに回して成長のための営業資産を取得するのである。その時、資産のなかで現預金が膨らんだままの企業があるとすれば、責められるべきは - 内部留保そのものではなく - その現預金だろう。理論的にも実際的にもキャッシュは利益を生み出さないからである。

しかし現預金をいくら手元に持つべきかは、業種や個々の企業によって必要な運転資金が異なるのだから、一概に適正な比率を決めることはできない。結局、内部留保に課税せよ、という議論は、「内部留保=むだなおカネをプールしている」という、字面からくる誤解であって、実現することはできないだろう。

実際のところ、企業のなかには、稼いだ利益を、配当や自社株買いなどの株主還元にも、設備投資にも回さず、ただひたすらプールしているだけの会社もある。では、そういう企業には課税するべきなのか。「本筋」論を言えば、上場企業である限り、そういう会社は国家による課税というペナルティではなく市場によって淘汰されるべきである。

不要なキャッシュを持ちすぎればROEが低下し、市場で評価されなくなる。見限った株主はその企業の株を手放す。その結果、時価総額が減少し買収の標的になる。結局、企業がいくらキャッシュをもつべきかという問題は市場と株主が判断するべきことなのである。なぜなら、それこそが企業経営のひとつだからである。その伝で言えば、現金比率に限らず、人件費率にせよ設備投資額にせよ、そうしたことはすべて企業経営マターであり、政府が口を出すのは - 国有企業ならいざ知らず - 民間の株主に対する越権行為であろう。コーポレートガバンス改革の流れにも逆らうものだ。

ここでは、株主資本の成長というミクロの観点から論じたが、マクロの観点から俯瞰するとまた別の問題が見えてくる。政府の債務を企業貯蓄がファイナンスしているという構造問題である。そして政府の債務が膨らんでいるのは最終的に国民の放漫である。そう考えれば、すでに日本国民は企業貯蓄、すなわち企業の内部留保の恩恵を間接的に享受しているとも言えるだろう。詳細はまた別の機会に議論したい。


広木 隆
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