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円高の本当の理由 円高はどこまで進むか

by 広木 隆

納得的な理由のない円高

急速に円高が進んでいる。金曜日にドル円相場は一時105.54円と2016年11月10日以来、1年3カ月ぶりの円高水準をつけた。これほどの円高が進む理由は何か。明確な理由が見当たらない。

ひとつの答えは、為替が動くのに理由などないということだ。ファンダメンタルズなどに関係なく、価格が動く方向を重視する投資家(投機家)がいる。CTAなどのトレンドフォロー戦略だ。いったんドル安の流れが鮮明になれば、とことんそれに追随してドルを売っていく。当然、相場が反転するときは手痛い損失を被るが、それも端から承知のうえの戦略なので、トータルで勝てばよいという割り切りのうちに成り立っている。

それにしても世の中すべてがトレンドフォローばかりではないはずだ。逆張りがまったく働かないのはなぜか。Bloomberg Newsによれば、先日開催された「トレードテックFX」という500人規模のカンファレンスに参加した運用担当者やストラテジストのほぼ全員がドル安の見通しを述べたという。

足元の円高は米国株の急落から勢いがついたため、当初は「リスク回避の円高」という定番の解説も聞かれたが、震源地の米国株が反発しVIXが20を割ってもかえって円高が加速している状況では「リスク回避の円高」という説明も成り立たない。そもそも株式相場の波乱局面ではリスクオフでドル高だった。

「もはや米国の一人舞台ではない」という解説もよく聞く。金融政策正常化に関しては米国が先頭ランナーだったが、ここもとの景気回復でユーロ圏と日本も金融緩和の出口を模索する段階にあるという観測が浮上している。しかし、それは、1)今に始まった話でないので直近のドル安加速を説明できない、2)百歩譲って欧日が金融政策正常化に動いたとしても、できることはせいぜい限られている(例えば日本ではマイナス金利の撤廃、YCCの10bps程度の上方修正等)。それでは、結局、金融政策そのものステージや金利水準において米国を凌駕することには至らない。実質的な金融政策の強弱感とそれを示す金利水準を度外視して金融政策の「スタンスの変更」の、しかも「その思惑」だけで為替レートが動くのは限界があろう。

財政赤字拡大が理由なのか

新聞の解説にはこうある。「米国の財政赤字の拡大や保護主義的な姿勢に対する懸念から、幅広い通貨に対してドルが売られている。トランプ米大統領が掲げる大型減税や国防費の増加、インフラ投資が米国の財政赤字を急拡大させるとの見方が強まっている。米国の財政悪化に伴いドルの資産価値が目減りするとの警戒がはたらき、ドルを手放す動きにつながっている。」

いちばんもっともらしい説明は、米国の財政赤字の拡大懸念がドル安につながっているというものだ。それでもやはり違和感がある。僕が駆け出しのころ、もっとも重要な米国の経済指標は雇用統計ではなく、貿易収支や財政収支の発表だった。それも今は昔のこと。貿易収支・財政収支の発表が為替レートを動かすことがなくなって久しい。トレーディングの材料にならない指標がドル安の原因だというのはしっくりこない。第一、財政の悪化度合いで言えば、日本が最悪ではないか。財政赤字の累積の結果生じた政府債務の大きさは世界最悪。単年度の財政赤字のGDP比でも日本は米国を上回る。その日本の円が買われる材料が、「米国の財政悪化」というのは何かの冗談のように聞こえる。

上述したBloomberg Newsが報じた「トレードテックFX」。名称からして、どうせろくでもない連中の集まりだろう。僕は従来から為替市場参加者というものに偏見をもっていて信用していない。さんざん金利差だの、なんだの言いながら、3%に迫る米国金利の上昇を完全に無視している。

しかし、である。もしかすると、ひょっとするとひょっとして、今回ばかりは為替市場が実は正しいのかもしれない。

金利と為替がここまで真逆の動きをしているからには、どちらかが間違っている可能性がある。米国債のマーケットは世界で最も洗練され最も緻密な(すなわち裁定の機会がない)市場であり、普通に考えれば正しいのは金利のほうでおかしいのは為替市場である。しかし、もし為替市場が正しいとすれば次のストーリーを織り込んでいるのかもしれない。

ストーリー1 米国のインフレが加速しないため3月利上げが見送られる

今回の金利急上昇は雇用統計で時間当たり賃金が前年比2.9%増と8年ぶりの高い伸びになったことがきっかけだった。しかし、このレポートでも説明した通り、時間当たり賃金の上昇は寒波のために労働時間が減ったことによるテクニカルな要因に過ぎない。従って、特殊要因が剥落すれば元のペースに戻るだろう。大きく伸びた後に元に戻れば、それは「減速した」と捉えられる。

CPIでも同様だ。ヘッドラインは予想以上に伸びたが、実はそうでもない。16日付け日経新聞夕刊によれば「コア指数は0.3%と前月から0.1ポイントの拡大にとどまった。細かくみると0.4%に近く、上昇の勢いは増したが、衣服など季節変動の激しい品目の影響が大きい。総合とコアの前年同月比の上昇率も前月と変わらなかった」(「ウォール街ラウンドアップ」)。

おそらくここにも寒波の影響が出ているのではないか。結局、これだけではインフレ基調の強まりを確認できず、FEDはしばらく様子を見るだろう。現在、ほぼ確実視されている3月利上げが見送られるというシナリオもじゅうぶんある。為替市場はそれを先取りしているのかもしれない。つまりインフレ加速に過剰反応している債券市場がミスプライスの可能性がある。

ストーリー2 市場自身によるプラザ合意の再現

トランプ大統領が登場した初めの頃はレーガノミクスとの類似性からトランポノミクスなどという言葉も流行ったが最近ではとんと聞かれない。しかし、米国の財政赤字拡大で思い起こされるのがやはり80年代のレーガン政権だ。減税と財政支出の増加により財政赤字は急拡大、減税で消費も刺激され輸入が拡大し貿易赤字も増加した。いわゆる「双子の赤字」だ。では為替はどう動いたかと言えば、ドル高だった。「双子の赤字」の懸念より高金利の魅力が勝った結果、資本流入が加速しドル高となったのである。

財政状態が悪い国の通貨が買われるという意味では、前述した通り、日本の円も同じである。しかし、日本はダントツの純債権国だ。政府の赤字と国全体のバランスシートは別物だ(この点がリスク回避で円が買われる根拠であるとの説もある)。ところが「双子の赤字」となるとこれはどこから見ても赤字のかたまりで、米国は経常赤字の累積でレーガン政権時に世界最大の債務国に転落してしまった。

そうなると、正真正銘、財政状態の悪い国の借金を、その国の通貨建てで世界がファイナンスしてやる構図というのができあがった。そんな状態がいつまでも続くわけがない。いずれ米国債とドルの暴落懸念が台頭するのも無理はない。そこでドルのソフトランディングを図ったのがプラザ合意である。

今の米国の状況はまさにプラザ合意前夜に似ている。前段で「財政赤字拡大の懸念がドル安というのは違和感がある」と述べたが、こういうストーリーなら飲み込める。「懸念があるからドル安」というより、懸念が危機に発展するのを防ぐための、市場による事前調整機能が働いているのではないか。いわば通貨当局なしの市場によるプラザ合意だ。

プラザ合意から30年が経った2015年に、産経新聞が当時財務官だった大場智満氏へのインタビューを掲載している。「ドルを弱くする」というフレーズは最終的に「非ドル通貨の秩序ある上昇が望ましい」という文言になったことについて大場氏はこう述懐している。

「ベーカー財務長官が、大統領に持っていくとき、『弱いドル』では許可が下りないと。やはり米国大統領というのは、『強いドル、強いアメリカ』なんだな。だから、円と欧州通貨が強くなることが望ましいと変えた」

1月のダボス会議でムニューシン財務長官がドル安容認発言をした直後、トランプ大統領が強いドルを望むと打ち消したことが想起されよう。まさに本音はドル安でも、アメリカの大統領はそれを口にしてはいけないのだ。

円高はどこまで進むか

さて現在進行している円高はどこまでいくか。結論から言えば、そろそろ円高ドル安もいいところに来た。「プラザ合意の再現」と言っても規模感がまるで違う。80年代前半の米国長期金は10%を超え、ドル円相場も200円台だった。プラザ合意でドル円は240円から120円と半値になったが、それはそもそもドルが高すぎたからだ。

ドルの加重平均であるドル・インデックスでは、160を超える水準から90割れまで調整したが、グラフを見てもわかる通り、ドル高の大きな山の前に行って来いで戻った格好だ。1995年からの、いわゆるルービンの「強いドルは米国の国益」時代のドル高も、山の前の水準に戻る形で調整された。

ドル・インデックスの長期平均は97だが、80年代の強烈なドル高が調整された90年以降の平均は90である。グラフからもわかる通り、この90という水準がドルの調整完了の目途となっている。

足元のドル・インデックスは90を割り込んでいる。直前までのドル高は水準訂正がなされている。よって、ここから先のドル安はそろそろ行き過ぎの領域に入る。

トランプ米政権は鉄鋼とアルミニウムの輸入増が安全保障上の脅威になっているとして輸入制限案の具体的な検討に入ったと伝わった。トランプ政権の保護主義がドル安につながっているという説があるが、すでに見たように為替政策でのドル安誘導はすでに行き過ぎの領域に入るため、ここからは本当に「弱いドル」になってしまう。それは歴代の米国が許さなかった領域である(リーマンショック直後のドル安を除いて)。

安全保障上の脅威というのはとってつけたような言い訳で、要は関税で規制したいのだろう。高い関税にドル安まで併せては、米国は海外から何も買えなくなってしまう。自分で自分の首を絞めることになる。

そろそろドル安もいいところだと考える。


広木 隆
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